高校生でいっぱいの車両はシートの間に1人立つのがやっとの狭さ。長さも11メートルほどの小さな「箱」が連なって動き出すと、乗客はガタゴトと揺さぶられる。「揺れは慣れているから平気。これが普通と思っていたけど、名古屋で電車に乗ったら広いし速いし揺れないしでびっくりしちゃった」。今日の中間試験に備えてノートを確認していた県立桑名高2年の新貝真由さん(16)が笑った。
西桑名行きの上り電車で通う桑高生は終点一つ手前の馬道駅でどっと降り、坂道を上っていった。日中は静かな無人駅も、朝はひとときの活気に包まれる。
三重県の北部を走る北勢線は1914(大正3)年に開業した、線路幅762ミリのナローゲージだ。JRなど主な鉄道に比べて30センチ以上狭い。かつての軽便鉄道に多かった規格だが、今や現役路線は全国に三つだけの「絶滅危惧種」。2000年に近鉄が赤字による廃線を打ち出すと、存続を願う沿線の声を受けて地元の三岐鉄道が03年に営業を引き継いだ。
馬道駅の近くには、そんな北勢線を「癒やしの電車」と呼んで愛する人が住んでいる。桑高の卒業生で郷土史家の西羽(にしは)晃さん(77)だ。「マッチ箱のような電車が小さな馬道駅に入ってくると、なんだか遊園地みたいでしょう?」
家々や田んぼの間を縫って敷かれた線路は急カーブが多く、電車は甲高いきしみ音を響かせて曲がる。速度は自転車でも追い越せるほど。「ゆっくり走るから景色がよく見える。アジサイが咲いたなとか洗濯物が干してあるな、とか」
路線存続が決まった10年前、西羽さんは仲間と「北勢線の魅力を探る会」を立ち上げた。「観光地はないけれど、北勢線の周りには、なにげない暮らしの営みがある。そこがいいんです」
文 伊東絵美/撮影 浅川周三
三岐鉄道北勢線は三重県桑名市の西桑名駅といなべ市の阿下喜(あげき)駅を結ぶ20.4キロ。 楚原駅から15分ほど歩くと、江戸時代に造られた用水に架かる北勢線のねじり橋がある。1916(大正5)年建造。コンクリートブロックにひねりを入れて積んだアーチが美しい。近くのめがね橋とともに土木学会選奨土木遺産に認定されている。 阿下喜は古くから商業で栄えた町。趣のある商家や寺社、石の道標が残り、歴史を気さくに話してくれる人たちにも出会える。北勢線の魅力を探る会では10月14日(月・祝)に阿下喜をたずねるウオーキングを予定。問い合わせは同会・近藤さん(080・3073・3313)。
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762きっぷ(460円)は、北勢線の線路幅と同じ長さ762ミリの乗車券。三岐鉄道になって10周年を記念し、今年4月に発売。これまでに1600枚を売り上げた。西桑名駅ほか有人駅で販売。問い合わせは同社運輸課(059・364・2143)。 |