年季の入った和装本や大型の美術書から近刊本や週刊誌まで、本が山のように積み上げられた店から1歩足を踏み出すと、そこはホーム。「梶原書店」と大きく書かれた赤いひさしが停留場の屋根と重なり合う。1964年から営業する古書店だ。電車を乗り降りする人が時折、スポーツ新聞やたばこを買っていく。
1人の女性が店に入ってきた。隣の停留場の近くに住む常連客だ。たばこを1箱買い、店内の椅子に腰掛けると、預けておいた「マイライター」をたばこの在庫の間から取り出して一服。「夫が病気でたばこをやめたから、私だけこっそり吸って帰るのよ」。店主の根本健一さん(77)と世間話に花を咲かせた。
60年代初頭には40系統以上が東京中を走っていた都電も、今では荒川線が残るだけ。「昔は都電にも車掌がいて、発車オーライなんて声がしたよ」と根本さん。その1人、車掌や運転士として乗務した堤満さん(67)も「お客さんと顔見知りになってあいさつしたり、あめをもらったりもしましたよ」と懐かしむ。
かつてはわざわざ都電に乗って本を買いに来る客もいたという。「今は商売もなかなか厳しい時代になった。でも毎日来てくれるお客さんと、こうして話せるのは楽しいね」と根本さんは笑った。
ガタゴトと電車がやって来た。「発車オーライ」の車掌の声の代わりに、「いらっしゃい」となじみの客を迎える根本さんの声が聞こえた。
文 渡辺鮎美/撮影 馬田広亘
都電荒川線は、三ノ輪橋停留場(東京都荒川区)から早稲田停留場(新宿区)までの12.2キロを結ぶ。全30停留場。一日に何回でも乗車できる都電一日乗車券は大人400円。車内や荒川電車営業所(荒川車庫前停留場)などで販売。問い合わせは都営交通お客様センター(03・3816・5700)。 荒川車庫前停留場からすぐの都電おもいで広場では、1954年と62年に製造された車両や昔の写真などを展示。年末年始を除く(土)(日)(祝)の午前10時~午後4時。 都内唯一の区立遊園地、あらかわ遊園(TEL3893・6003)は荒川遊園地前停留場が最寄り。 |
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停留場から徒歩1分の都電もなか本舗 明美(TEL03・3919・2354)は、都電の車両を模したもなか(140円)が有名。遠方から訪れる客も多い。もなかのほかに、都電の焼き印が押された「都電まんじゅう」(105円)も。(月)休み。 |