神霊が宿るための依代として供えられてきた御幣。高知県香美市の山深い物部地区を中心に伝わる、陰陽道や修験道、密教、神道が混然となった民間信仰「いざなぎ流」では、神楽や祈祷の際に計200種ほどの特徴的な形の御幣が用いられてきました。当館ではいざなぎ流の100点超の御幣のほか、仮面や祭文などを収蔵し、一部を常設展示しています。
いざなぎ流の神様には、天井裏にまつる高位の「家の神」、「山川の神」及びその眷属などがいます。太夫と呼ばれる土地の宗教者が、それぞれをかたどった御幣を紙から切り出し、神霊を宿らせます。「水神おんたつ」と山に住む妖怪「きじん」の御幣は可愛い見た目ですが、実は目口があるものは怖い神霊。下手したら人間に危害を加えてくる荒々しいものです。「接触すると因縁をつけるチンピラのようなもの」と言う太夫もいました。供え物をし、祭文を唱えて機嫌をとり、元いた場所への帰還などをお願いします。
いざなぎ流には、人間の負の感情に起因する呪いの一種「呪詛」の概念があります。「呪詛のみてぐら」は太夫が呪詛を集め封じる装置。藁の輪に呪詛の大元「ダイバの人形」幣と数本の御幣を立てたものです。封じた後に壊して土に埋めたり川に流したりして呪詛を祓います。
現在、地区の過疎化で太夫はわずか数人。存続が危ぶまれるいざなぎ流ですが、渦巻くような複雑さを持つ民間信仰世界の宇宙を、今後も伝え続けたいと思います。
(聞き手・安達麻里子)
《高知県立歴史民俗資料館》 高知県南国市岡豊町八幡1099の1(問い合わせは088・862・2211)。午前9時~午後5時(入館は30分前まで)。年末年始休み。460円(企画展開催時は510円)。
学芸員 梅野光興 うめの・みつおき 1991年の開館時から現職。専門は民俗学。9月16日まで開催中の企画展「昭和から平成へ」などを手がける。 |