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『アメリカン・スナイパー』(2014)、『ハドソン川の奇跡』(16)、『15時17分、パリ行き』(18)、『運び屋』(19)と、実話を基に“衝撃の真実”を描いてきたクリント・イーストウッド監督最新作『リチャード・ジュエル』。1月15日(水)に、ジャーナリストや科捜研心理学分野などを目指している学生に向けた、ティーチインイベントを開催した。
イベントのMCはBusiness Insider Japanの統括編集長である浜田敬子。「アトランタ五輪の時には、週刊朝日の編集部に所属しており本作の爆破事件が大きな話題になったことも記憶していましたが、裏でこんなことがあったとは全く知りませんでした」と語り、ゲストである柳澤秀夫と小川泰平を呼び込むと、映画本編を見終えたばかりの生徒たちからは大きな拍手が起きた。柳澤は「今から43年前の1977年に、NHKの記者としてこの世界に足を踏み入れました。最初の勤務地は横浜で警察回りをしていました。その記憶をたどりながら、今日は正直にお話ができればと思います。」、小川さんは「私は警察に30年、現在は犯罪ジャーナリストとして取材活動を8年続けています。警察とメディア、両方の立場から本作を観ることができまして、大変考えさせられました。」と挨拶しイベントがスタートした。
映画について、柳澤は「マスメディアの仕事をしている人間は絶対に観るべき作品だと思いました。映画の中に自分を乗せると、ひょっとしたら自分も…と、思わずにはいられません。他人事ではなく自分事としてこの映画のテーマを考えると、針のむしろに乗せられたような気持になります。やはり周辺取材をどこまでできるか、情報をどこまで幅広く集められるか。時間に追われながら、果たしてどこまでできるかが問われると思います。最近話題のゴーン被告の件も同様、記者は事実関係を確認しようとしても当局からのリークをもとにするしかありません。裏付けを取るのに血眼になって周辺取材をしなければ記事は書けないはずですが、どうも検察から出てきている話がそのまま報道されているようにも感じます。」と率直な意見を語った。小川は「捜査機関とメディア、どちらかにだけ問題があるわけではありません。通信機器の発達によりメディアの取材力自体は高くなっています。実は警察は怪しいと思った人物には任意でしか話を聞くことができませんが、記者が取材をする分には問題がないので、逆に記者を使って話を聞くということもあるのです。ですからこの映画で起きたことは日本で起きても違和感はないと思います。私はメディアの人の気持ちも、警察の気持ちも理解できます。」とコメントした。
情報を発信する側として気を付けていることは?という質問に対し、柳澤は「正直、自分をコメンテーターというのには違和感があります。自分で取材したものについては責任をもって話ができますが、誰が言っているのか裏付けはあるのかわからないことに対しては自分なりに確認するようにしています。まずソースがどこなのかということは、少なくとも確認してから言葉にしなければと思っています。」と語った。また、「先週カルロス・ゴーン氏がレバノンに逃亡しましたが、日本の司法制度に問題があったためだと言われています。本作でいうと、FBIの捜査もかなり強引でしたが実際日本の捜査機関はどうなのでしょうか。」という質問を受けて小川は「”人質司法”と言われますが、日本の警察で働いていた人間として違和感はありません。ほかの国で言えば、捜査手法が相当荒っぽい国も実際にあります。欧米諸国の人が日本の司法制度を見ると違和感を覚えることはあるかもしれませんがね。」と意見を述べた。柳澤は「確かに我々の常識として、取り調べに弁護士が同席するということはありません。ただ、一歩外にでると弁護士が同席するなどは当然のことですし、人権について考えるならばもう少し我々も熟慮すべきことはあると思います。特に今回の映画を観てつくづく思いました。」とコメントした。
ここでサプライズゲストとして元同志社大学教授の浅野健一が登壇。主人公のリチャードをよく知る人物として大きな拍手で迎えられた。「映画を観て、まず主人公がジュエルさん本人とそっくりで驚きました。私はこの事件があった翌年の3月にゼミの学生を連れてアトランタに行き、ジュエルさんに会いました。また、TBSのニュース番組で(松本サリン事件で冤罪被害を受けた)河野義行さんをお連れして現地から生出演をしました。また、そのあと日本にお招きして合計で3回お会いしています。よくこんなによく似た俳優さんを見つけたなと驚きました。」と感想を述べた。
さらに議論は盛り上がり、インターネットの力によって増す冤罪事件の可能性について話が及ぶと、柳澤さんは「職業柄、最初に出くわした情報は疑ってかかる癖があります。それが記者の仕事です。自分が加害者になる可能性があることを忘れないようにしなければ。」と語り、浅野は「SNSで誰もが情報を発信できるので、一時の感情で発信すると大変なことになります。私は安易に事件関係者の名前を公開すべきではないと考えています。」と語った。また、オリンピックイヤーである2020年には冤罪事件が多発するのでは、という懸念に対して小川は「それは言い過ぎではないかと思います。ただ国際大会ですので、事件が起きたときに早く犯人を捕まえないと、として冤罪を生むことはあるかもしれません。」と意見を述べると、柳澤は「だからこそ、われわれがチェックする必要があります。」とコメント。浅野も「大きな事件でなくとも冤罪は起こります、そのために弁護士がいて、裁判があるのです。メディアの目的は犯罪者を叩くことではありません。事実をチェックすることなのです。」と同意した。
学生からの質問コーナーになると熱心な学生たちから次々に手が挙がる。「映画を観て、ジュエルさんのようにメディアと警察により人生を壊される人がいるのだと痛感しました。取材の際にこころがけていることがあれば教えてください」という質問に、柳澤は「周辺取材というものがまさにそれに当たります。取材対象に真摯に向き合って、信頼関係を得ることが大切です。」と語った。浅野は「京アニの放火事件の時、多くの遺族が実名報道を拒否しました。海外には報道倫理コードがありますが、日本にはそれがありません。」と問題点を指摘した。また、「劇中の女性記者は結果的に誤った情報を発信しました。彼女の焦りの気持ちが原因かと解釈しましたが、スクープを見つけるときに意識していることがあれば教えてください。」という質問に、柳澤は「正直言って記者はとにかく特ダネが欲しいんです。それで気持ちが前のめりになってしまう。大事なのは、自分がそういう気持ちでいるということを客観視すること。『新聞は必ず過ちを犯す』と言われたことがあります。今の時代、『ジャーナリズムは過ちを犯す』と言えるでしょう。自分も間違えることがあるのだということを常に考えておくべきだと思います。」と力強くコメントした。
最後に浅野は「この映画でアメリカのメディアがひどいとは思わないでほしい。それどころか日本よりもレベルは高いと思います。大学でジャーナリズムを勉強した人がジャーナリズムの仕事に就いているからです。司法制度にしても、日本は遅れています。本作で取り調べの場面に公衆電話があったことを思い出してください。ジュエルが弁護士に電話をかけたら、話をすることができました。そのやりとりは日本では絶対にできません。海外の司法制度がどうなっているかを、知っていただきたいです。」と語った。小川は「この場にも犯罪心理学、メディア理論、法学部などの学生さんがいると聞いています。自分たちの目指す道へ進んでください。統計や分析はAIがやることになるかもしれませんが、犯罪心理学、新聞、法律は人間がやるべきものです。これから日本はもっと変わっていくはずです。」と語った。
柳澤は「すみません、話に夢中になってうっかり忘れていました。」とポケットから、本作を観た人ならピンとくるアメリカのお菓子「スニッカーズ」を取り出し、会場の笑いを誘う。「映画の中で印象的だったのは、最後にジュエルに対して『終わったぞ』という場面です。皮肉に聞こえました。確かに事件は終わりましたが、第二第三のジュエルは絶対に出てきます。それを自分の胸に刻み込みました。それでないとこの映画を観た意味がないとすら思いました。」と力強く語り、イベントを締めくくった。
1月17日(金) 全国ロードショー