「午前中に稲刈りしてお昼すぎに出てくればいいから助かるよ」。夫と診察の順番を待つ柏原秀子さん(82)が言う。
「那岐診療所」の月2回の診療日。診察室は旧駅長室。駅事務室が畳敷きの待合スペースに改装されている。
駅がある智頭(ちづ)町は面積の9割以上が山林。ここ那岐地区でも、スギの木に覆われた山々が15の集落を包む。人口約1千人のうち65歳以上は4割近く。2008年、町の中心部にある国民健康保険智頭病院が無人の駅舎に診療所を開設した。
「地域包括医療を担う病院ですから、病院に来た患者だけを診るのではなく、家族や生活環境も知る必要があります。それに今は老老介護の時代。患者も通院で長時間家を空けられないんです」。この日診察に来ていた院長の浜崎尚文さん(62)がそう話すと、「うちがまさにそう」と、96歳の母親を介護する岡野吉勝さん(72)が応じた。駅舎の手入れなどもしている岡野さんは血圧が高めで、毎日ノートにつけている数値を院長に見てもらった。
診療所に来るのは毎回ほぼ決まった顔ぶれの数人。家に近いから、無理なく通える。病院では別の地域でも、幼稚園だった建物に診療所を設けている。
「年をとれば急に元気になることなんてないんだから、変わりがないのが一番」。診察を終えた浜崎院長は岡野さんたちに笑ってそう話すと、軽自動車で往診に向かっていった。
文 伊東絵美/撮影 渡辺瑞男
JR因美線は鳥取駅(鳥取市)と東津山駅(岡山県津山市)を結ぶ70.8キロ。 那岐駅の2駅隣、智頭駅から10分ほど歩くと、鳥取藩最大の宿場町として栄えた智頭宿がある。風情ある町屋建築が残る一帯で存在感を放つのが、国指定重要文化財の石谷家住宅。約3千坪の敷地に立つ旧家の邸宅で、江戸から昭和までの建築様式の変遷が見られる。500円。 昭和30年代の山村風景が残る板井原集落や、森林セラピーも体験できる芦津渓谷へは智頭駅から車で15~30分程度。問い合わせは智頭町観光協会(0858・76・1111)。
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赤い瓦屋根の駅舎は因美線が全線開通した1932(昭和7)年築。地元の人たちが管理し、診療所のほかにも整体師の施術や老人の同窓会などに活用されている。山の斜面にあるホームまで上がる階段には、駅の歴史を伝える写真パネルが展示されている。 |