「東海道五十三次」は、出版元の名から「保永堂版」とよばれる名所絵で、歌川広重(1797~1858)が数え年37歳の時に手掛けました。趣を変え、さまざまなシリーズで二十数種を世に出すうちの、最初の作品になります。
53の宿場に「日本橋」と「三条大橋」の二つを加えた全55図からなり、最も大きく富士山を描いたのが「原 朝之富士」です。
きせるを手にした女性が笠越しに仰ぐ先には、ほんのりと朝日を浴び、画面からあふれんばかりに描かれた山容で、雄大さを際立たせた富士山がそびえます。2人連れからは、女性だけの旅ができる世情が見て取れ、当時大流行した「仮名手本忠臣蔵」の一場面、東海道を行く戸無瀬(となせ)・小浪母娘を思わせますね。情景と流行を巧みに織りまぜる広重が「叙情詩人」と評されるのも納得です。
荷を担ぐ男性の着物の模様には、カタカナで「ヒロ」と、自身の名前をちゃっかり忍ばせる遊び心も見逃せません。
「小田原 酒匂川」は、酒匂川を渡る人々を捉えたもの。青のグラデーションが、豊かな水をたたえた夏の川に奥行きを持たせます。川岸の人足が人や荷物を担いで対岸まで運びますが、多くは安価な「肩車」を利用したようです。水かさが減る冬季以外は架橋が許されない川の貴重な交通手段でした。対岸に小田原城や東海道屈指の難所、箱根の険が立ちはだかります。関所を目前にした旅人の奮闘記です。
弱小の版元の下、広重が絵師業に専念した翌年に刊行されました。無名同士が組み、入念な調査をもとに構想を練ったのでしょう。初心の意気込みにあふれ、当時の旅ブームの波にのって人気を博し、名所絵を代表する出世作となりました。
(聞き手・鈴木麻純)
《岡田美術館》 神奈川県箱根町小涌谷493の1(☎0460・87・3931)。午前9時~午後5時(入館は30分前まで)。2800円。2点は「『東海道五十三次』で旅気分 ―富士に琳派に若冲も―」(~12月8日)で展示。本展期間中は無休。
主任学芸員・稲墻朋子さん
いながき・ともこ 専門は日本近世絵画史で、浮世絵を中心に研究。日本や東洋の絵画を担当し、本展を手掛ける。
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