駅の外に出ると、南国の初夏の日差しに迎えられた。目の前の三角港からは風光明媚(めいび)な天草の島々が望める。
明治時代に築かれた三角港は国際貿易港として、また天草や島原に渡る観光の拠点として昭和30(1955)年代まで多くの人と物が行き交った。その後貿易港の役割が他へ移り、三角と天草が橋で結ばれると、港とともに歩んできた三角駅は静かな終着駅となった。
変化が訪れたのは2011年秋。熊本~三角間を結ぶ特急「A列車で行こう」が誕生した。シックな布地や木を使い、優雅な旅を演出する車両が人気となった。
A列車で三角駅にやってきた人々を、三角港から定期船「天草宝島ライン」が天草へ運ぶ。陸路の渋滞対策のため09年から運航していたが、当初は「1日4往復して、2人しか乗っていないこともあった」と、航路を立ち上げたシークルーズ常務の瀬崎公介さん(36)は振り返る。それが「A列車+船の旅」を打ち出すと乗客が飛躍的に増加。今年3月にはより輸送力のある船を投入した。
三角側もせっかくの観光客を素通りさせておく手はない。「三角の持ち味をさまざまな形でアピールすることが大切」と宇城(うき)市の観光ボランティアガイドの斉藤万芳(まんぽう)さん(64)は力を込める。駅の近くには明治三大築港の一つに数えられる近代化遺産、三角西港もある。A列車に合わせて駅から無料バスを出し、希望があれば斉藤さんらガイドが案内している。
午前11時過ぎ、駅に軽快なジャズが流れ始めた。華やかな旅の空気をのせた列車が今日もやってくる。
文 伊東絵美/撮影 上田頴人
JR三角線は、熊本県宇土(うと)市の宇土駅と宇城市の三角駅を結ぶ25.6キロ。愛称は「あまくさみすみ線」。 天草宝島ラインは三角港から上天草市の松島を経由し、天草市の本渡港までを結ぶ。A列車とセットの割引切符もある。問い合わせはシークルーズ(0969・56・2458)。 三角西港には国の重要文化財に指定された石積みの岸壁や、洋風建築などが残る。問い合わせは宇城市観光案内所(0964・53・0010)。 網田(おうだ)~赤瀬駅間の車窓からは、干潮時に美しい砂紋が現れる御輿来(おこしき)海岸を眺めることができる。
|
||
A列車で行こうは「16世紀の南蛮文化」をイメージした2両編成の観光特急。水戸岡鋭治さんがデザインを手がけた。共有スペースのバーカウンター=写真=では特産のデコポンを使った「‘A’ハイボール」(500円)が人気。週末を中心に運行。問い合わせはJR九州(050・3786・1717)。
|
||