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父の介護を通して見えた「リアル」危機的な現場を支えたい

ハリー杉山さん インタビュー

バラエティー番組での出演やモデルのほか、日本語、英語、中国語、フランス語にたけていて語学番組でもその才能を発揮するハリー杉山さん。最近では講演など介護関連の仕事もされています。きっかけになった認知症だった父の介護を通して見えたものとは? (聞き手・佐藤直子)

 

 ※ハリー杉山さんは1月23日(木)朝日新聞夕刊「グッとグルメ」に登場。

https://www.asahi-mullion.com/column/article/ggourmet/6347

 

 

今一番興味のあるのは介護の現場に携わること、現場を変えることなのだとか?

 はい、色んな現場で話をしていることですが、僕自身も父の介護を経験して、社会的に介護従事者を支えるような社会作りのサポートができたらいいなと強く思っています。

 

 これから若い人が減って高齢者が増え、ますます超高齢化社会になっていきます。しかし、介護従事者のサポートを社会がどこまでできているのか、疑問に感じています。

 

 介護業界は心身共に負担が多く、賃金が安いなど待遇がよくないと言われ、離職率が高いのも知られています。この状況は以前から課題として取り上げられても、僕が知る限り、あまり改善はされていません。

 

そこで介護業界のかっこよさや尊さ、憧れなどのマインドを社会が持たない限り、介護業界の未来は変わらないと思います。

 

 現場で働く方が自分の仕事に対して誇れるような社会作り、そして1人ひとりが介護というトピックに対して知識とリスペクトっていうものを子どもの時から感じるべきですよね。

 

お父様の介護をされたのがきっかけだったと伺いました

 パーキンソン病を発症した父は、体が動かなくなり認知機能も日に日に衰えていきました。僕のことを息子だとわかる日もあればそうでない日もありました。

在宅介護中は、母と一緒に介護をしていました。

 

 着替えやトイレへなかかなか動いてくれない。でも仕事の準備もあるし、やらなきゃいけないことだらけ。その焦りから、どんどん視野が狭くなって、思うように動いてくれない父にイラついて「行け!」と大きな声を出したこともありました。お互いフラストレーションが溜まり、殴る一歩手前までいくこともありました。母と自分の2人だけの知識がない、がむしゃらな介護は危険で、父に対して介護者としてアプローチすることができていなかったんですよね。

 

 父を介護するようになって、初めてのことばかりで焦るし、悩むし、わからないし、症状は毎日違う。その度に、ヘルパーさんやケアマネージャーさん、介護従事者の皆様からは、父との"触れ合い方"を沢山学べました。

 

 例えば、サポートする側は自分の体を守りながら介護するのが大事であること。介護される人は日常生活が難しくなって、体がかたまりやすいのでこちらに全体重を預けてくる。これをまともにくらうと、こちらのからだが壊れてしまいます。介護が必要な人にサポートする時って体幹が必要だしコツがあるんですよ。

 

 

  そしてなんと言っても、「怒らない」ことの大切さを学びました。

 

 僕が怒ると父を萎縮させてしまうし、僕自身も怒ってしまったという罪悪感につぶされてしまうだけ。怒りそうになったらその場からすぐ離れる、ということを教えてもらったんです。

 

 父がびっくりしてしまわぬよう、後ろから声をあげたり急に体に触ったりせず、正面から目線を合わせて話すことなど、余裕を持ったコミュニケーションに気をつけました。

 

 僕のことも大事にしながら父と接するためのアドバイスをもらって、心強かったですね。プロの経験値が自分の技術になるとともに、僕たちの間には少しずつ穏やかな時間が流れるようになりました。

 

 

貴重な経験をされましたね。

そういった経験を自治体のイベントなどでお話されているのだとか?

 

 介護側としては比較的年齢が若い方ですが、全国の自治体に呼んでいただいて介護や認知症と向き合う経験を話す活動を年中行っています。

 

 そこで介護従事者、ケアマネージャー、ヘルパーさんにどう救われ、家族としての自覚を取り戻せたか話すと共に、介護業界の危機についても話します。

 

 コロナ時は医療従事者が大変だったとニュースになりました。病院における人・設備・備品の不足などが発生し、ひっ迫しましたが、介護の現場もそうでした。クラスターが起きて、スタッフが欠勤して、ひとりで何十人の人のケアをしていたという人の話も聞きました。眠る時間を削り、強制的に対応していた介護従事者を、僕たちはサポートできていたのでしょうか?

 

 ケアが必要な利用者たちの日常も大切ですが、ケアする介護従事者のケアを今後大切にしないと、日本社会の未来は更に厳しくなるのが見えています。

 

お父様について教えていただけますか?どんな方でしたか?

 英国人のジャーナリストです。記者というのは新しいニュースが入ってきたら現場に行かなきゃいけないじゃないですか。しかも24時間の仕事ですよね。父は、イギリスの「フィナンシャル・タイムズ」の記者として来日し、アメリカの米紙「ニューヨーク・タイムズ」の東京支局長も経験しました。常に締め切りとの戦いで、バタバタしていましたね。子どもながらに大変だったんだろうなと思っていました。

 

 そんな忙しい中、僕が「ちょっとボールを蹴りたいんだよね」って言うと、「じゃあボール蹴りに行こうか」って時間を作ってくれる優しい人でした。

 

 早く原稿を書かなきゃいけない時もあったと思います。それでも向き合ってくれる父をリスペクトしていて、親友のような存在でもあったんです。

 

 

お父様のような記者になりたいと思ったことは?

 ずっと父のような新聞記者になりたいと思っていました。父が外国特派員協会で、記者会見を仕切っていた姿は何度見てもかっこよかったですね。5、6歳の僕も会見に同伴して、あなたもフリージャーナリストの一員なんだから質問をしなさいって言われたことも。張り詰めたピリッとした空気の中、緊張しながら質問したのも懐かしいですね。

 

お父様との思い出も今のハリーさんを作っているんですね。

 そういう思い出もあって、今でも父親のことを忘れたくないし、外国特派員協会には顔を出します。看取る経験をすると、そのあとの自分の人生をどういう風に進めていけばいいのかとか、愛する人を亡くした後の喪失感が大きいですよね。

 

 それでも人生は続くわけじゃないですか。愛する人のことを思うと、1回きりの人生を、全うしないと、亡くなった本人にとっても失礼だし、前に進まないと、天からこっちを見ていて満足しないんだろうなって僕は感じています。

 

 今身につけているのは父親の指輪なんです。常に身近に彼を感じています。だから、父親が僕のことを天国から見て、「よくがんばっているな、ハリー」って思ってもらえるような人生を歩もうとがんばっています。

 

 

朝日新聞夕刊 グッとグルメ ハリー杉山さんのおすすめ 

トマト「仔牛のミルクカレー」

https://www.asahi-mullion.com/column/article/ggourmet/6347 

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